オー・ルーシー! 寺島しのぶが熱演、でも監督の意図が分からない

オー・ルーシー! 寺島しのぶが熱演、でも監督の意図が分からない

 オー・ルーシー!を見て思ったことは、オー・平柳敦子監督、この映画で何を言いたいのですかということだった。

 まず映画を製作することは一大難事業です。それは、どここから億円単位のお金を引っ張ってこなければならないので。ましてや、合作映画は、両国の思惑が往々にして違ってくるので、ある意味至難の技です。その経験が少しはあるので実感できます。これが長編映画第1作となった平柳監督は、プロデューサーも兼ねているので(脚本も)、大変な障害を乗り越えて作品を完成したと思います。

ですから、まず映画を完成させ、封切り、カンヌ映画祭などで上映されることも仕切ったことに敬意を表し脱帽です。

それらを考慮した上で思ったことは、日本映画界の3人の演技派(寺島しのぶ、南果歩、役所広司)を使い、ロスにまでロケを敢行し、一体観客に何を伝えようとしたのだろうということでした。ということで解説を読んで見ました。

 寺島が演じるヒロインは、冴えない中年OL。姪に上手く図られて、英会話教室へ通う羽目となる。そこの姪のボーイフレンドのアメリカ人教師にハグをされ恋に陥るが、彼が姪と一緒にアメリカへ帰国。彼女は彼を追い、仲が悪い姪の母親つまり彼女の姉(南果歩)とロスへ向かう。そこで彼と結ばれるが、愛想をつかされ姉とも決別し、傷心をかかえて帰国。仕事も辞表をたたきつけ、ゴミ屋敷になっている自身の部屋で睡眠薬自殺を図るが、そこへ英会話教室で出会った男性(役所広司)が訪れ助けられる。そういうストーリーラインでした。

 え、ハグされただけで恋におちいったの?確かに教師から、ブロンドのかつらをかぶらされ、「君は今日からルーシー」だとハグされますが。このシーン製作者の観点から考えてみると、スクリプトにはセリフがありヒロインは恋をしてしまうとト書きがあるはずです。撮る監督も演じる役者もそう思いながらアクションを起こしていると思います。いちばんの問題はそれを観客が感じなければどうするんだということですね。あそこで寺島が恋してしまったとは全然気がつかなかったですよ。この映画はコメディとシリアスな部分でなっていますが(うまく融合してません)、解説を読んで思ったことは、それならハグされた時、漫画チックに、寺島の頭から例のピンク色のハートをどんどん浮かびあがせれば良かったのにということでした。

 寺島しのぶの良さは、美人だか不美人だか分からないところにあると思いますが、言い換えるとどんなタイプでも演じられる、彼女の熱演も空回りという感が強いです。いちばんの不思議は役所がこんな小さいつまらない役で出演したことですね。監督と知り合いか何かなんでしょうか。

60点

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